公開日:2026年9月2日
契約満了の数か月前になると、管理会社から更新の案内が届きます。更新料、火災保険の更新、保証会社の年間費用。合計してみると思っていたより大きな金額になり、そこで初めて「この際、引っ越したほうがいいのでは」と考え始める。私はこの相談を毎年この時期に受けます。
ただ、更新と引っ越しの比較は、更新料と引っ越し料金を見比べるだけでは答えが出ません。引っ越す側には敷金・礼金・仲介手数料といった初期費用があり、住み続ける側には二年後にまた同じ更新費用が来るという事情があります。比較すべき項目を最初に揃えておかないと、目先の金額に引っ張られた判断になってしまいます。この記事では、両方の費用を同じ土俵に並べるところから始めます。
更新か引っ越しかは、更新料の金額ではなく「引っ越しにかかる総額を、住み続けた場合との家賃差で何か月で回収できるか」で判断すると筋が通ります。
まず、更新側の費用を漏れなく並べます。更新料だけを見ている人が多いのですが、実際には同じタイミングで複数の支払いが重なります。案内書に書かれていない項目もあるので、契約書を手元に置いて確認してください。
| 項目 | 金額の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 更新料 | 家賃の0.5〜1か月分 | 地域差が大きく、更新料の慣行がない地域もあります |
| 更新事務手数料 | 5,000〜15,000円程度 | 管理会社に支払う。契約により有無が分かれます |
| 火災保険料(2年分) | 10,000〜25,000円程度 | 単身か家族か、補償内容で変わります |
| 保証会社の更新料 | 10,000円前後または家賃の一部 | 年払いのことも多いです |
| 家賃の改定分 | 0円〜 | 近隣相場に応じて増減の申し入れがある場合があります |
※ いずれも一般的な目安です。契約内容と地域によって大きく異なります。
更新料の水準は地域によってかなり違います。首都圏や京都では家賃1か月分が慣行として定着している一方、大阪や兵庫、中国・四国・九州の一部では更新料そのものを設定しない物件が多数派です。自分の物件がどちらなのかは契約書の特約欄を見れば分かります。
更新の案内が届いたら、更新料だけでなく火災保険・保証会社・事務手数料を合計してください。実際の支出は更新料の1.5倍前後になることが珍しくありません。
更新料の有効性について不安に思う人がいますが、最高裁は2011年に、更新料の定めが契約書に明確に記載され、金額が高額に過ぎるなどの事情がない限り、消費者契約法第10条により無効とはいえないという趣旨の判断を示しています。つまり、契約書に書かれている以上は原則として支払い義務があると考えるのが現実的です。
一方で、家賃の増額を申し入れられた場合は別の話になります。借地借家法第32条は、近隣相場や経済事情の変動に照らして家賃が不相当となったときに、貸主・借主のどちらからでも増減の請求ができると定めています。増額に納得できないときは協議の対象になりますので、周辺の同条件物件の募集家賃を調べたうえで相談してみる価値はあります。私は、同じ建物の別の部屋がいくらで募集されているかを見てから話をする人を多く見ます。
次に引っ越し側です。こちらは項目が多く、しかも見落としやすいものが後ろのほうに固まっています。新居の初期費用だけで計算を終えてしまうと、実際の支出とかなりずれます。
| 項目 | 金額の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 敷金 | 家賃の0〜2か月分 | 退去時に精算されます |
| 礼金 | 家賃の0〜2か月分 | 返金されません |
| 仲介手数料 | 家賃の0.5〜1か月分+消費税 | 宅地建物取引業法で上限が定められています |
| 前家賃・日割家賃 | 家賃の1〜1.5か月分 | 入居月と翌月分 |
| 火災保険料 | 15,000〜25,000円程度 | 2年契約が一般的 |
| 保証会社の初回費用 | 家賃の0.5〜1か月分 | 利用が必須の物件が増えています |
| 鍵交換費用 | 15,000〜25,000円程度 | — |
| 引っ越し運賃 | 単身3〜8万円/家族8〜20万円 | 時期と距離で大きく変動します |
| 家具・家電・カーテン等 | 0〜15万円 | サイズが合わず買い替えになることがあります |
| 旧居の原状回復費 | 0円〜 | 敷金から精算。不足分は追加請求 |
※ 2026年時点の一般的な目安です。物件や時期によって幅があります。
仲介手数料については、宅地建物取引業法に基づく告示で、賃貸の媒介報酬は貸主・借主から受け取る合計が賃料の1か月分+消費税以内と定められています。借主一人から1か月分を受け取るには原則としてその承諾が必要とされており、実務上は契約時に説明されます。半額や無料をうたう物件もありますが、その分が礼金や別名目に振り替わっていないかは確認したほうがいいです。
引っ越し費用でいちばんぶれるのは時期です。3月下旬から4月上旬の運賃は、閑散期の2倍前後になることもあります。
引っ越し運賃は、荷物量・距離・時期・作業人数で決まります。標準引越運送約款では、見積書の交付や、荷主都合で解約する場合の手数料の上限(前日の解約で見積運賃等の20%以内、当日で50%以内)などが定められています。複数社から相見積もりを取る場合も、この枠組みを知っておくと落ち着いて交渉できます。
旧居の原状回復費も忘れないでください。民法第621条は、借主が負う原状回復義務から通常の使用によって生じた損耗と経年変化を除くと定めており、国土交通省の原状回復をめぐるトラブルとガイドラインでも同じ考え方が示されています。日焼けによる壁紙の変色や家具の設置跡は、原則として借主の負担ではありません。とはいえ、喫煙による黄ばみやペットによる傷、掃除を怠ったことによる汚れなどは負担の対象になり得ます。長く住んだ部屋ほど精算額が読みにくいので、余裕を持って見積もっておくのが安全です。
見落としやすいのが、旧居と新居の家賃が重なる期間です。解約予告は契約により1〜2か月前が一般的で、退去日と入居日を完全に合わせるのは難しいことが多い。半月から1か月分の二重家賃が発生する前提で見ておくと、後から慌てずに済みます。
引っ越し費用の目安を先に知っておくと、この記事の内容も判断しやすくなります。
30秒で相場をチェック(無料)→項目が揃ったので、実際に並べてみます。ここでは家賃8万円の単身物件に住んでいて、更新料が家賃1か月分、引っ越し先の家賃も同じ8万円というケースで計算します。あくまで一例ですが、構造を掴むには十分です。
| 更新して住み続ける | 引っ越す | |
|---|---|---|
| 更新料/礼金 | 80,000円 | 80,000円 |
| 敷金 | — | 80,000円 |
| 仲介手数料(税込) | — | 88,000円 |
| 前家賃・日割 | — | 100,000円 |
| 保証会社 | 10,000円 | 40,000円 |
| 火災保険 | 20,000円 | 20,000円 |
| 鍵交換 | — | 20,000円 |
| 引っ越し運賃 | — | 60,000円 |
| 原状回復の自己負担 | — | 20,000円 |
| 合計 | 約110,000円 | 約508,000円 |
※ 敷金は退去時に精算されるため、全額が消えるわけではありません。
差額はおよそ40万円です。この数字を見ると更新のほうが有利に見えますが、判断はここで終わりません。重要なのは、引っ越し先の家賃がいくら下がるかです。仮に新居の家賃が7万円で1万円下がるなら、40万円の差は40か月、つまり3年4か月で回収できます。逆に家賃が上がる引っ越しなら、費用面では回収の見込みはありません。
判断の軸は「引っ越し総額 ÷ 月々の家賃差 = 回収にかかる月数」です。この月数が、その部屋に住み続けるつもりの期間より短ければ、費用面では引っ越しに分があります。
もう一つ効いてくるのが、更新が繰り返されるという点です。2年ごとに11万円前後の更新費用がかかるなら、6年住めば33万円になります。一度きりの引っ越し費用と、繰り返し発生する更新費用を比べるときは、同じ年数の枠で見ないと公平になりません。私は5年か6年のスパンで並べ直してもらうことが多いです。
なお、更新のタイミングで引っ越すこと自体には合理性があります。契約期間の途中で解約すると、短期解約違約金の対象になる物件があるほか、支払い済みの更新料が戻らないことも多いためです。動くと決めたなら、更新月に合わせるのが無駄が少ない選択です。
ここまで金額の話をしてきましたが、実際の相談では費用だけで決まることはほとんどありません。金額に換算しにくい要素も同じテーブルに載せてください。
特に、今後2〜3年のうちに動く可能性がある場合は更新を選ぶほうが無難です。引っ越しの費用は住む期間で割って初めて意味を持ちます。1年で出るなら50万円は月4万円強の追加負担と同じことになり、割に合いません。
「近いうちに引っ越すかもしれない」段階なら、更新して様子を見るのが安全です。予定が固まってから動いても遅くありません。
貸主側から更新を断られるケースもあります。この点について借地借家法第28条は、貸主からの更新拒絶や解約の申し入れには正当の事由が必要と定めており、建物の使用の必要性、賃貸借に関するこれまでの経過、建物の現況、立退料の提供などを総合して判断されます。単に「更新したくない」という理由だけで一方的に退去を求められるものではありません。もし更新拒絶の通知を受けたら、内容を書面で確認したうえで、自治体の住宅相談窓口や法テラスなどに相談してみてください。
住み続けると決めた場合でも、設備の不具合をこの機会に伝えておくといいです。給湯器やエアコン、換気扇などの経年劣化による故障は、貸主が修繕義務を負うのが原則です。更新の連絡は管理会社とやり取りする数少ない機会なので、気になっている箇所をまとめて伝えておくと話が早く進みます。私は、更新のたびに一度部屋の設備をひと通り点検してもらう人を何人か見ていますが、大きな故障を未然に防げているようです。
反対に、自分から更新せず退去する場合は、解約予告の期限を守ることが最優先です。予告期間は契約書に定められており、1か月前が一般的ですが2か月前の物件もあります。期限を過ぎてからの通知だと、退去後の家賃を日割ではなく丸ごと請求されることがあります。私は、新居を探し始める前にまず契約書の解約条項を読むようすすめています。
更新か引っ越しかの判断について整理してきました。結論は、更新料の金額そのものではなく、回収にかかる月数で見るということに尽きます。
更新側の費用は、更新料に加えて火災保険、保証会社、事務手数料が重なり、実際には更新料の1.5倍前後になることが多いです。引っ越し側は敷金・礼金・仲介手数料・前家賃・運賃・原状回復と項目が多く、家賃4〜6か月分程度が一つの目安になります。まずこの二つを、同じ年数の枠で並べてください。
そのうえで、引っ越し総額を月々の家賃差で割る。出てきた月数より長くその部屋に住むつもりがあるなら、費用面では引っ越しに理があります。短いなら更新です。家賃が下がらない引っ越しは、費用ではなく住環境や通勤時間で正当化するものだと割り切ったほうが判断が早くなります。
更新料が高いから引っ越す、という判断は多くの場合で損をします。引っ越し総額は更新費用の4〜5倍になるのが普通だからです。
動くと決めたなら、契約期間の途中ではなく更新のタイミングに合わせること、解約予告の期限を契約書で確認すること、繁忙期の3月下旬から4月上旬を避けられないか検討すること。この3点を押さえるだけで、同じ引っ越しでも支出はかなり変わります。
そして、更新を選んだ場合も、それは「何もしない」という意味ではありません。周辺相場を調べておけば、次の更新のときに交渉の材料になります。2年後に同じ計算を繰り返さなくて済むよう、今回調べた数字はメモに残しておくことをおすすめします。
契約書に更新料の定めが明記されていれば、原則として支払い義務があると考えるのが現実的です。最高裁は2011年に、金額が高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り消費者契約法第10条により無効とはいえないという趣旨の判断を示しています。ただし更新料の慣行がない地域も多く、そもそも定めのない契約であれば発生しません。
敷金・礼金・仲介手数料・前家賃・保険・保証会社・運賃・原状回復まで含めて、家賃の4〜6か月分程度が一つの目安です。敷金ゼロ礼金ゼロの物件なら圧縮できますが、その場合は短期解約違約金の特約が付いていることがあるので契約書を確認してください。
一般的には更新時のほうが無駄が少ないです。途中解約だと短期解約違約金の対象になる物件があり、支払い済みの更新料も戻りません。ただし解約予告期間があるため、更新日の1〜2か月前には通知が必要です。期限は契約書で確認してください。
借地借家法第28条により、貸主からの更新拒絶には正当の事由が必要とされ、建物の使用の必要性や立退料の提供などを総合して判断されます。一方的な通知にすぐ応じる必要はありません。まず内容を書面で受け取り、自治体の住宅相談窓口や法テラスなどに相談することをおすすめします。
更新の案内が届いたときの落ち着かない気持ちは、金額そのものよりも「比べる基準がない」ことから来ているのだと思います。基準さえ決まれば、10万円が高いのか妥当なのかは自分で判断できます。
その基準が、引っ越し総額を家賃差で割った回収月数です。数字を出すのに必要なのは、契約書と、住みたいエリアの募集家賃を1時間ほど眺めることだけです。
更新の案内は、住まいを見直すきっかけとしてはよくできたタイミングです。結果として更新を選ぶことになっても、比べたうえで選んだ2年と、そうでない2年は違います。まずは両方の金額を書き出すところから始めてみてください。